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サンタクロースは本当にいるの?
1897年9月、ニューヨークに住む少女ヴァージニア・オハンロンは小学校で「サンタクロースはいるのか」について同級生と口論になりました。彼女はサンタクロースはいると主張しましたが、同級生はいないといいはりました。
サンタクロースは実在するか家に戻って質問したところ、医師をしていた父、フィリップ・フランシス・オハンロンは『ザ・サン』に投書するよう提案しました。そこで、彼女は「サンタクロースはいるのか、教えて欲しい」という手紙を新聞社に送りました。
『ザ・サン』に対して送られたこの投書に対して、チャーチは9月21日、「この世には、愛や思いやりといった、目に見えないけれども確かに存在するものがあります。それと同じように、サンタクロースだって確かに存在する」という内容の社説を書いて答えました。
"Yes, Virginia, there is a Santa Claus(そうです、ヴァージニア、サンタクロースはいるのです)"という一節のあるこの社説は大きな反響を呼び、以後、『ザ・サン』は毎年クリスマスが近づくとこの社説を掲載したほか、この文章は様々なところで取り上げられ、クリスマスについて書かれた名文の一つとなりました。しかし、当時この社説の筆者は発表されておらず、筆者がフランシスであると明らかになったのは彼の死後のことでした。生前、ヴァージニアとフランシスが出会うこともなかったのです。
バージニア、サンタクロースはいるんだよ
しんぶんのきじをかいている人へ---
わたしは8さいです。わたしのお友だちはサンタさんなんていないっていっています。パパにきいたら、しんぶんのきじをかいているひとにきいてみなさいって。ねぇ、サンタさんはいるのいないの?
バージニア
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バージニア、あなたのお友だちはまちがっています。うたがうようになってしまっていて、ちいさなお友だちの、そのちいさなあたまでは、じぶんの目に見えるものしか、しんじられなくなってしまっているのです。おとなのものであれ、子どものものであれ、わたしたちのあたまのなかは、ちいさなちいさなものです。この広いうちゅうの中では、にんげんはちいさなアリのようなものなのです。
バージニア、サンタクロースはいるのです。サンタクロースは、パパとママのあいじょうや、人をゆるせる心がちゃんとあるように、また、ひとのためにしんせつにしてあげることができることとおなじように、サンタクロースはいるのです。ああ、もしサンタクロースがいなかったら、生きていくことは、なんとさびしいものであったでしょう。すなおにしんじるきもちはなく、たのしいうたもなかったことでしょう。わたしたちはじぶんがかんじられるものや、見えるものの中にしか、たのしみをみつけることができなかったことでしょう。
サンタクロースがいないとおもうのなら、あなたは、ようせいもしんじないのでしょうか。クリスマスイブにパパにたのんで、いっぱいの人にえんとつをぜんぶみはらせて、サンタクロースをつかまえようとしたとしましょう。でもそのときサンタクロースが、えんとつから、おちてくるのを見なかったとしても、それがサンタクロースがいないことをしめすわけではありません。目にみえるものがすべてじゃないんだよ、バージニア。しばふのうえでおどるようせいをみたことなんてなくても、ようせいがいないなんておもわないでしょう?目にみえないものが、あるなんてふしぎなことをかんがえることさえできなくなってきてしまっているのは、かなしいことです。
あかちゃんのガラガラをこわしてしまえば、どうしてガラガラなるのかわかることでしょう。でも、目に見えないせかいをおおうベールはつよい人をいっぱいいっぱいあつめてきても、やぶくことはできません。あいじょう、しんじるきもち、ひとのためにつくすこと、うたのような見えないものだけが、ベールをとりさり、そのむこうにあるうつくしいものを目にすることができるのです。それらはちゃんとさわれる、みれるものでしょうか?ねぇ、バージニア、このよのもので、いつまでも、さわれて、みれることができるものなど、なにひとつないんだよ。
サンタクロースはいつまでもいきつづけます。1000ねんまえから?いいえ、バージニア、10000ねんのそのまた10ばいもまえからいきつづけて、こどもたちによろこびをあたえつづけているのです。
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